わびさびの世界へのご招待の巻
このブログのトップベージのデザインを7月末、和風の竹林に変更しましてん。はじめ、このブログを作った当初は、あんまり詳しく調べず、自分である程度「いい感じ!」と思うただけで簡単にスタートしましてんけど、設定する内容を見ていたら、いろいろできまんねんなぁ。それで、デザインやプロフィールなどを追加したしだいです。
和風の竹林にした理由が、プロフィールにある「新都山流尺八 准師範」でんねん。
そもそも都山流尺八は、中学の頃に習い始めました。「えらい、年寄りくさいことを習うたんもんやな?」とお思いでしょうけど、もともと私の叔父が若い時から習うてはりましてな、それでわてが笛(尺八)の穴をふさげるようになったら教えたげるっちゅうて、小さい時から言われてましてん。それで、習いはじめたっちゅうわけでんねん。
初めの頃は、音の出し方から指の使い方、「さくらさくら」「荒城の月」なんかを習い、そしていよいよ本曲になって、「黒髪」っちゅうのがスタートでしてん。それからおなじみの「千鳥の曲」とか、お正月にテレビや商店街のBGMで流れる、あの「春の海」などなど教えてもらいました。手ほどきを受けて、初伝から中伝、奥伝、皆伝(かいでん=よく世間でも免許皆伝とかいいますやろ…)となり、その後は楽理というて、古曲の音楽の理論の勉強もしました。「いちこつ」「たんぎん」・・・それに古曲専用の「ロ」「ツ」「レ」「チ」「ハ」「ヒ」「ピ」などの音階を現代曲の五線譜の音階に変換する理論とかね、一応勉強しましてん。ほいで、准師範の免状を取得しました。
よく尺八は「ツーツーレロレロツーレーロ」とか「ピーヒャララ」とか言われますけど、なんといっても尺八の音色は、「わびさび」の世界です。
尺八の世界には、大きく分けて、「都山流」と「古琴流」の二つの流派がおますけど、「古琴流」は、どちらかといえば、時代劇に出てくるあの籠を頭からかぶって独特の衣装で歩きながら吹く「虚無僧(こむそう)」に近い流派でしてな、都山流は古曲も現代曲も幅広くこなすタイプなんですわ。わびさびの世界っちゅうのは、自分のこころを落ち着かせてくれる独特の深みのあるもんですわ。
中学から習いはじめ、途中で中学校の先生も教えてくれはったり、高校時代はもっぱら独学で、岡山県(現)浅口市金光町の金光教本部の裏手にある木綿崎山で夜に吹いてましたでぇ。それから大学時代も、近くに林がたくさんあったんで、それも独学で練習してました。准師範の免許を取得する時には、別のお師匠さんに楽理を教えてもらい、ついに準師範までたどりつきました。竹号は「誠宏」。師匠が「誠山」でっさかいにね。
ところがや、それからが全然すすまへん。練習も怠り、毎日のように吹いておらんと音も出にくうなるもんですわ。せやから、今では資格は「准師範」ですけど、まったくあきまへんねん。ちなにみわての師匠は、ねばり強く続けてはりますよって、ついに新都山流の最頂点である「竹淋軒・大師範」であられます。たいしたもんや。
ただ、今でも尺八の独特の音色は大好きですねん。琴と尺八を合わせた曲もええけど、尺八だけの曲、特に古曲はなんともいえまへんなぁ。最高でっせ!ほんま。
そのうち再開して、生涯の趣味の一つにしたいと思うてます。
それでですなぁ、プロフィールに掲載している「香道」「茶道」、いずれも『わびさび』の世界を求める道ですねん。その道を極めることが、やがて精神的に独特のものを得られる奥深~い世界でんねん。そういえば「合気道(正式には「合氣道」と書きます)も、気の世界ですしね。つまり体力・腕力などだけと違うて、「気」を中心にして技を習得する武道ですねん。まぁ、この「香道」「茶道」「合氣道」についても、機会あればカキコさせてもらいますよって、お楽しみにネ。
今の世の中、多事多難、時代変化の早さ、人の生活も多様化し、仕事もどんどん新しい分野が登場して、とにかく精神力を整えておかんと、生きていくのもしんどくて、あかんようになる世間でっしゃろ。こういう時こそ、『宗教の時代』、そしてわて、コリドラスひろ坊は『わびさびの時代』やと思うてます。いずれ、なんでわてが「お香」を匂う(香道では、匂うことを「きく」といいます)ことになったのか、茶道を習うことになったんか、ご紹介しますね。
あぁ~あ、それにしても体がだるくて仕方がおまへん。そやからこそ、信仰と精神力で乗り越えるしかおまへんがな。ほな、みなさま、お達者でぇ~~(^_^)/~


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