こころの病…の巻
前回の続きのようになりますねんけど…
「情緒不安定」というのは、なかなか人にはわかりません。「不眠症」というのも、なかなか理解されることはありませんなぁ。
「不眠症」というのは、睡眠導入剤や睡眠剤で、多少の改善をすることはできます。しかし、わてなんて、眠れない時は2日でも3日でも起きていることが可能なんですわ。驚異的ですな。ナポレオンかいな…? いやいや、そんな立派な人ではごじゃりませぬがね。
でもね、「不眠症」というてもやなぁ、夜に眠れないことをいうのであって、昼間にうたたね(うとうと)することはできるのです。あくまで、夜に深い眠りにつけるかどうかやね。『夜が怖い? 一人では眠れない??』
でもね、しょせんは、自分一人なんです。親がいても、子がいても、兄弟姉妹がいても、自分一人で生まれてきて、自分一人で死んでいくんですよ。誰も一緒に死んでくれる人なんていてはりませんわ。しょせんは、自分一人ぼっちなんや。極端にいえばね。
せやけど、それがええねん。それを自分で悟った時、はじめて自分の存在が大きくなるんですわ。わてなんて、毎日の職場では、一人ぼっちなんですよ。コリドラスひろ坊は、『結界師』という職業を一人ぼっちで勤めてますねん。だから、近くへ外出する以外は、門外不出の修行です。修行というのは、自分が進んで行う修行もあれば、強いられてする修行もありますねん。
今の自分の立場を、しっかり腹にすえることが、ものすご大事ですなぁ。
でもね、生きている間は、「人」という字は、斜め棒と斜め棒の支え合いと書きます通り、お互いに支え合い、助け合い、祈り合い、願い合って人としての存在が成立するのです。金光教という宗教でいう、「あいよかけよ」(神と人、人と人、人とあらゆる物が、互いに関わりあって、よりかかり、より関わりあって生きる姿)なんですね。
世間では、「自律神経失調症」だの、「うつ病」だの、さらに「精神分裂症」などという病名をつけてもらいはりますやろうけど、そこまではいかなくても、人間は誰でも『ハイ』な時と『ブルー』な時とが繰り返しやってくるもんでんなぁ。まっとうな人間でも、魔がさすことがありますねん。社会的問題を起こしたり、痴漢、不倫、家庭内暴力・・・新聞紙面が、毎日のように賑わっておりますで。
とにかく、おたく(あなたさま)も、「うち(私)は、病気とちゃう(違う)!」と反発せずに、病気なら病気と自分で認めて、それを思いっきり受け入れて、心療内科なり神経科なり精神科なりへ行ったほうがよろしおまっせ。医学の力を、神さんのおあてがいと心得てなぁ。
お医者さんかて、看護師さんかてな、みんな神さんのお使いや。薬かて注射かて、天地のお恵みや。それを承知し、承服して、「ありがとうに…」受けていきまひょ。
こころの病で苦しんではる人へ、ほな、お大事にね。無理したら、あかん。頑張っても、焦っても、あかん。ぼちぼち、いきまひょ!
ぼちぼちが、一番ええねん!!

