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オンライン状態

2008年12月13日 (土)

やっと復活

長らく、お待たせしました。(誰も、待ってへんっちゅうねん…うぅっ、そうかいな)

諸般の事情により、電話回線の変更を余儀なくされたために、ネット接続が不調で、メカニズムに弱いわたくし、コリドラスひろ坊は、一ヵ月以上もカキコできませんでした。残念無念! さらに、思わぬメインマシーンのハードディスク破損により、メールソフトからも送信できまへんどした。ほんま、メカに弱いわぁ。

しかぁ~し、復活しました。「おめでとう!」 「ありがとう」 誰も言ってくれないので、自分で申しておりますねん。

しかし、(通称)教内は、誹謗中傷、疑い、不信、誤解が多いですなぁ。もう、いやになりました。あんまり、詳しいことは言えんけど、しかし、「壁に耳あり、障子に目あり」ですわ。間接的に、いろいろと聞こえてきますねん。「言いたいヤツは、いいさらせぇ~」 「ほっとけ、ほっとけ」と言いたくなるんですがね。だから、教団・教会長・教師不信になって、もう教内のおつきあいはできるだけ避けとこ…と思うたこともありました。もともとは自業自得やといえども、自分でこうなりたかったわけとちゃうねんでっせ。

わては、一筋に神さまと真剣に向き合って、信者さんとの仲立ちになって、ほんまに人を助けたいんやけど、いらぬことから先方にいろいろと誤解・考えすぎが多いので、もうや~めた!・・・てなわけはないけど…。

ほんまに素直にいじけ・ひがみ・ねたみのない人を大事にしよっと。せやけど、向こうさんがそんな悪しき気持ちを捨てて来てくれはったら、いつでも受けとめますがね。よその教会の先生方も、信用でけへん時があるなぁ。だけど、ほんまに困って真剣に御取次を頂きはったら、そら別やけどね。なんでも、誰でも、いつでも受け入れるのがわての信念やさかいに。

金光教も、立教150年を明年に向けて、本部関係者も頑張ったはる。それに答えるのが、一教会長、一教師の自覚やさかいになあ。教主・金光さまを頂ききるしかないのとちゃう?? それが、教師の基本やさかいになぁ。

目にみえるのも心、目に見えないのも心しだい。しっかり和賀心(やわらぎ喜ぶ心)になろっと。

ほな、また。バイバ~イ

2008年11月 8日 (土)

ややこしくなりやしたが…の巻

いやぁ~、ほんま、ご無沙汰しておりました。

実はやねえ、ケータイ電話との関連で、突然電話会社の変更を余儀なくされたんですわ。その回線がパソコンにつながっているとは?インターネットは別の回線やと思うてましてん。ところがや、しっかり同一の回線でおましてな。それがためにネット接続がでけへんようになりましてんわぁ。

もっと詳細に説明すれば、実はうちの教会の建物には、もともと電話回線が6つ繋がっておりましてな。建物内のホームテレホンやファックス、ある団体の専用電話、それに公衆電話。さらに防犯のための機械警備専用回線、さらにある機械の正常稼働確認のための24時間遠隔監視専用回線など、建物新築時代にはすべて絶対必要なものでやした。それが、時の流れで一つ減り、また用途が違うものながらも同一回線に合併したりして、今では4回線つながっています。

防犯警備のセキュリティ専用回線は、屋外でたとえ故意に断線されても、即時緊急に無線か携帯電話回線に変更されて繋がるようになっております。火災や不法侵入、建造物損壊時には、防犯カメラとともに犯罪から守られる。しかし実をいうと、その真の目的は、言い換えてみれば世の中に一人でも犯罪者をつくらせないということなんでおます。宗教は罪を犯さないよう教えますが、宗教施設としては罪を犯そうとする人を生み出させないことを目的としておりますねん。そこまで知ってる人は少ないですねんけどね。

そういうことで、やたらと電話回線が多い。それがどうもややこしくて、教会の代表者たるわてかて、どない繋がってるんやらようわからん始末でんねん。そしてついでに公衆電話も、携帯電話の爆発的普及により利用頻度が激減したため、廃止しようと思うて、いろいろ関係先と交渉してるんですわ。

そういう中で今回、一つの回線の電話会社を簡単に変更したわけですが、まさかその回線がパソコンに接続されているとは思わなんだ。別の回線やとばっかり思うてた。なんでやゆうて、モジュラージャックが一つだけ別回線の所におますねんからね。まっ、そこにパソコンデスクがあるからやろけど、そこへその回線をひいてもらったことなど、すっかり記憶におませんでした。

それで新しい電話会社の開通試験を行って、正常に繋がっていることが確認された瞬間、インターネットとの接続も断ち切られた、というわけでおました。なんとお粗末な話でんなぁ。

当初は、応急的にメインプロバイダも変更せずにダイアルアップ接続でしのいでおりましたが、現在はなんとかADSLにだけは復旧しました。

さてさて、これから回線を変更して、現在のメインプロバイダ(利用料金がお安jく、サービスもワタクシ的に好きでお得!)でなんとか…と考えております。まぁ、プロバイダの件は、サブでも使えるからいいんですが…。ただし設定や種々の契約がめんどくさ~い。めんどくさがり屋のわては、そんな時間があれば、結界師のお仕事がした~い。

そういうことで、ただ今、複数の電話会社、サーバ、ドメイン管理会社などとぼちぼち交渉中であります。ただし、悪いことは続くものでして、デスクトップのメインマシーン、そのハードディスクが破損してしまい、しばらく修理中。システムやデータの復旧は不可能に近いという状態でしてなぁ、ほんまに神さんのご試練、「お試し」っちゅうのはえらい厳しいもんだすな。

せやけど、わては投げ出せへんで!! ピンチはチャンスやさかい。なんとか、この難局を乗り越えて、災い転じて福となす…難はみかげ信心すれば人の身の上に無駄事はない、みな末のおかげになる…ということを実証しようと思うてますねん。

えぇ~っと、ひょっとしたらメールの送受信もうまくできていないようですので、たいへんご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご寛恕くださいませ。

せやねん、こういう時こそ、『ニコニコスタイル』でいかな、あかんねんもんなぁ!

2008年9月25日 (木)

捨てるつもりが…の巻

少し前に、DSソフトがすっごくちっちゃいものだと書き込みましたが、実は今日、もっと驚くことがありました。

ケータイ電話、ずいぶん長い期間使っていたので、キーの反応がおかしくなりましてな。先週、機種変しましてん。その時に、今までは10年以上ソニー製のケータイでしてんけど、こんどはじめてシャープ製になったんですわ。ソニーのは、記憶媒体がメモリースティックでしてん。(実際は、メモリースティックを使ってませんでした) しかし、他社のはマイクロSDカードでおます(今は、どうやらソニー製もそうなってるみたいですが…)。機種変の時に、お店の人に勧められて、そのカードを買いました。そこには、普通のSDカードとその横に、とても小さい黒いチップが入っておりましてん。

それでや、私はてっきり大きい方のカードを携帯に挿入して使うもんやと思うてました。せやさかい、横の黒いチップは、単なる飾りか、シリアルナンバーかなんかがかいてあるだけのものやと思いまして、そのチップみないなのを捨てるつもりでしてん。

ところが、今朝になって、少し暇ができたし、使い方もわかりはじめましたんで、SDカードをケータイに入れようとしましたら、大きさが全然違いますねん。それで、捨てるつもりのちっちやなチップ、これ? ひょっとしてこれがマイクロSDカード?? まさか…と思いつつ差し込むと、ぴったりで、カードが起動し、初期化もできるやおまへんか。なんと、このちっちゃい方が、マイクロSDカードやったんですわ。

お昼の食事のあと、非常勤所属教師の女の子二人とその話をしてて、大笑いされました。そこでや、「ほんなら、なんであの大きいSDカードは、なんなの?」と聞くと、そこへマイクロSDカードを差し込んで、パソコンなどで使うという答え。あぁ、、、なるほど!

理由はよくわかりましたが、そんなこと説明書に書いてなかったんやから、捨てるつもりやった。危ない、危ない。ちっちゃいチップが本物とは???

それで、よく考えたら、こんな薄いケータイに普通のSDカードなんて入れへんわなぁ・・・と納得しました。しかし、すごい小さいものなんでっせ。ほんまに。

ケータイ屋さんも、そこまで説明してくれはりませんでしたし、取扱説明書を読むのもしんどいわてにとっては、ひとつ間違えたら、大損してたとこでおました。

いやぁ~、マイクロSDカードをご存知のお方も多いとは思いますねんけど、ほんまにちっちゃいんでっせ。1センチ四方くらいやねんからね。こんなんに1GB(ギガバイト)も記憶するんでっさかいに、信じられへん。わてが20年以上前にパソコンを使いだした頃は、外付けハードディスクが120MB(メガバイト)で、でっかくて、7万円余りもしたんですからね。こういう世界は、恐ろしいほど進化してますなぁ。わても、もっと今の時代に頭を合はせて行きていかな、あかんなぁ、と思うてます。せやけど、昔もよかったけど…。

もっと、目を肥やしまひょ、お互い。まっ、わては今、結界師ながら若い女の子(金光教教師)がご用のお手伝いにうちの教会へ来てくれてますよって、目は肥えてまっせぇ~。

あっ、これは関係なかった。けど、いつも若いこころ、若い目、若い気持ちを大切になぁ。お互い、無理せんと、がんばりまひょ。ほなまた。

2008年9月21日 (日)

踊ってる場合やない の巻

もう、あきまへん。物忘れがひどうなってしもうた・・・。歳ですやろか?

こないだも、大事な物をどこに置いたかわかりまへんねん。ショルダーバックにも入れてたから、財布を出した時に誤って落としたんかな?…とか思うて、立ち寄った先をあちこち歩き回って尋ねましたけど、結局出てきませんねん。いやぁ~、困った。ほいで、近くの交番に紛失届を出しましてんけどね。

ようなくすんですわぁ。物を…。それよりもっとひどいのが、どこに置いたのか忘れるという難儀な人間だす。うっかり置いてるんでっしゃろなぁ。せやけど、その時、絶対なんか別のことを考えてますねん。きっと!それで、物忘れがひどいっちゅうことですわ。

昔、井上陽水の歌で『♪探し物はなんですかぁ~ 見つけにくいものですかぁ~ 鞄の中も 机の中も 探したけれど見つからないのに まだまだ探す気ですかぁ~ ♯それより僕と踊りませんかぁ~ 夢の中へ 夢の中へ 行ってみたいと思いませんかぁ~ ♭ウフッフ~』 というのがおましたけど、踊ってる場合やない。こっちはたいへんやねんからねぇ。

そこでや、頼りになるのが神さんだす。わい、物を置き忘れた時に、必ず「天地の親神さん、教祖さん、頼んます。私に見つけさせてください」と願いますねん。まさに「困った時の神だのみ」やね。

困った時、信心するものはお金や人を頼らず、まず神さんでっせ。その上で、人に頼んだり物をあてにしたりしたらええねん。もちろんお金も人も大事ですけど、先に神さんやね。ほしたら、不思議なことに、ちゃんと置いてある場所をひらめかしてくれはったり、そこへ自然と足を運ばしてくれはったりしますねん。けったいな現象やけど、ありがたいことでっせ!!

病気やいうても、金光教の教祖さまは、「祈れ、薬れ(薬)にすれば、おかげは早いが、薬れ(薬)祈れにするから、おかげはなし」ていうたはりますなぁ。つまり、神さんに祈ってから薬に頼るとおかげ(ご利益=病気の回復)は早いけど、先に医学、つまりお医者さんや薬に頼ってから祈るようでは、おかげはない、っちゅう意味でおます。大事なことでっせ、これって。

せやから、わての捜し物も、もうじっきに出てくると信じてます。信じるしか、おませんやろ~~~!

ほな、彼岸に入りました。みなさん、おたっしゃでぇ~~(^^)/~~~

2008年9月15日 (月)

コンピュータソフトよりすごい人間の脳の巻

うちの教会も、結界師の代表であるわて・教会長を含んで、教職員が6名になりました。っといっても、わて以外は全員、非常勤所属教師ですけどね。一時は4名でしたが、諸般の事情でメンバーがすっかり入れ替わり、現在は6名。

そこで、出仕状況(勤務状況)の把握がむずかしいので、電子タイムレコーダーなるものを設置して、出勤・退勤時にはタイムカードを操作してもらうようにしました。私も学生時代に、バイトでタイムカードを利用してたことがあった記憶もおますねんけど、あれってオモシロイもんですなぁ。ちゃんと出勤時間と退勤時間、そして通算勤務時間を勝手に計算して記録してくれますねん。これで、神さんからのお下がりから、お手当を頂戴する計算が楽になりそうです。

これまでは、いちいちスケジュール表にシフトを記入し、時間を記入して、月末締めで計算してましてんけど、一般にいう給与支払い明細書を書くんでも、けっこう計算と時間がかかりますし、わてはエクセルっちゅうパソコンの表計算ソフトをよう使いこなせませんよって、全部手書きでやってましてん。先月から、エクセルの練習やと思うてやってますねんけど、なかなか便利やとはわかりましたが、はかどりません。便利なソフトほど、使いこなすのがややこしい!

しかしやねぇ、こういう世界の進歩には驚くばかりです。わて、歳がいもなくDSライトをもってましてな。DSソフトで「大人の・・・」シリーズ、えいご漬け…、常識力…、脳をきたえる…、眼ぢから…・・・なんかをやってますねんけど、ソフトの箱はでかいけど、中にはちっちゃなカードしか入ってません。あんな小さいカードであれだけの内容が詰まってるんですから、驚きですなぁ。

よう考えたら、人間の脳かて、ちっちゃいもんかもしれません。体重の何分の一でっさかいに。それで、たくさんのことを記憶したり思考したりするんですから、コンピュータ以上の働きをしてくれてるんとちゃいますやろか。すごいことですなぁ。せやから、脳が死んでも、脳死やとお医者さんから言われても、それで終わりというわけではおません。

わての身近にいてはる人のお父さんが、いっぺん意識がのうなって、脳死状態で、延命の機械をつけてやっと生きてはる状態になりはりましてん。せやけど、そのまま機械で生きるところまで生かしてやってほしいと主治医に頼んだ。ほしたら、不思議に復活して意識ももどりはりましてん。それから何ヶ月かは、普通に入院生活もしはって、結局退院までしはった。そんな不思議な話は、まだおます。自転車で通学する途中、交通事故で車にはねられた信者さんが、何ヶ月か意識不明やった。一生懸命、ご家族と神さんに祈った。金光教の本部へおじいさんが参拝しはった。その日から反応がでてきて、やがて意識が戻って、ついに退院して、学校へ通えるようになった。そんなおかげ話も実際におますねんで。

人間の頭の大きさを考えたら、DSソフトの大きさ以上やさかいに、すごい神さんのお恵みをもろうてるんが事実やおまへんか。せいぜい、その脳をええ方に生かして、お役に立たせてもらいまひょほな、また。

2008年9月13日 (土)

親子関係とは の巻

えらいこっちゃ! またしばらくの間、ブログをカキコできまへんでした。

スマソ (-_-) この気まぐれさが、やっぱりサブタイトル「結界師のきまぐれなつぶやき」でんな。

まっ、それはともかく、15日は敬老の日でおますなぁ。わて、てて親はもう12年前に亡くなりましたけど、母親は81で健在でしてな、あるところに住んでて、経済的にはわてが面倒をみておるんですわ。最近、親と子の関係のことを考えさせられております。

わては姉と二人姉弟でして、義兄、つまり実姉の旦那がようしてくれはるんで、ついつい任せておりますけどね。振り返ってみれば、親と子っちゅう関係は、ありがたいもんですなぁ。ただし、お互いを尊重しつつ、お互いに大切にしあいして、その関係がうまくいくもんだす。

親は子どもを育てます。これは無条件ですな。せやさかい、時にはしつけのために親は子を叱(しか)ります。当たり前でんな。ほいで、子どもは育てられたおかげで今月今日があるんやさかい、親に尽くします。どこまでも、親孝行します。尽くされると、親は喜んで子どもを大事にしますんやね。

親が子を叱る、それに対して第三者が口出しするのはおかしいのとちゃいますか? 愛の鞭(むち)っちゅうこともおますやろ。親は子を信じてるけど、何度も何度も「大丈夫か?大丈夫か?」と念を押してたしなめる。これって、なんにもおかしいことやおませんで。

ほいで、親は子が尽くしに尽くしてくれて、ほんまの親の愛情をそそぐっちゅうもんやさかい、子は子らしく尽くして、はじめて親に喜ばれ、頼みも聞いてもらえるっちゅうもんや。

それをやねぇ、日頃は親をほったらかしにして、助けてほしい時だけ親やから…と頼る。それも、おかしいことやと思います。

「親やねんから」と、いくら子が言うても、日頃から親孝行して親に尽くして、立てて、心を配ってこそ、親は子として認めてくれるんとちゃいますやろか。

金光教の教祖さまは、「神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな」という教えを残してはりますねん。これ、親子関係に置き換えたら、「親子の縁が切れたというが、親からは切らぬ。子どもから切るな」となります。わて、今年になって、親子関係の問題に直接ふれましてな、上記の親子関係の縁を切る、切らぬということを身にしみて感じたことがおました。親は、一時は怒っても、やっぱり親からはよう切りはりまへんなぁ。子はどうしようもなくても、とにかく神さんに関係修復を祈って、親のことを人一倍祈りぬいて、ほいでおかげを頂戴して、子からさえ切らんかったら、必ず親はいくつになっても子を慕ってきはりますなぁ。今年は、親子関係のええ勉強さしてもらいました。

いろいろと考えもって、やっぱり親が子を怒っても、子が親を怒ることが、どれほど道理ちがいかということもわかりました。

こういう親子関係がわからん人は、かわいそうでんな。なんぼ歳いってても、この親子関係さえ間違えなかったら、親は喜び、子は安心でっせ。

ほんなら、もういっぺん締めくくりに書きます。大事なことでっせ。へたしたら、親より子のほうが、最終的に大損しまっさかいにね。

「親子の縁が切れたというが、親は切らぬ。子から切るな」

ほなまた、画面上でお会いしまひょ(^_^)/~

2008年8月 3日 (日)

コリドラスひろ坊は結界師だすの巻

コリドラスひろ坊は、7月22日に静養先より教会へ帰ってきてから、今日はじめて、たいへん気持ちのよい朝を迎えましてん。すがすがしい目覚めでおました。(^_^)v

7月30日に退院以来はじめて通院しました時に、主治医から「いかがですか?調子は…?」と聞かれましてな。ほいでわては、ありのままに、「とにかく体がしんどいですねん。だるいっちゅうか、いつも横になってますし、しんどい時は動けませんねん。なんでですやろ?」と申しました。しかし、特に何の返事もなく「ちょっと薬をかえてみましょうかねぇ」とか言いはって、処方してくれはりました。もっとも、薬の効果が回復の道ではなく、生活環境と勤務状態をじっくり静養しながら、改善していくことが根本治療ですねんけどね。

ところがや、通院翌日の7月31日もだるくって、その夜は神殿の奥の部屋で寝ましてん。ほいで、次の日はいよいよ8月1日。いわゆる「おついたち」っちゅう大事な日やのに、朝5時過ぎにアラームで目を覚めまして、「よし、今日はおついたちや!」と気合いを入れたつもりが、気がついたらまた寝てしもうて、結局気がついたんが朝8時30分頃でしてんわぁ。ドヒャ~~!!

「キャー、えらいこっちゃ!」とあわてて着替えて開門し、お広前(参拝席)へ出ましてんけど、皆さんお帰りになったあとのまつりやった。結局、8月1日の午後も体がだるくて午後から寝てましてんわぁ。困ったことでした。<(_ _)>

なんでか、わからんねん。内臓がおかしいのか、頭がおかしいのか、暑さでバテてんのか、薬が体に合ってないんか、自分でもようわからん。その翌日の昨日、8月2日も、ある教会の若先生が来はりましてんけど、昼から横になったままやった。

それで、自分が処方されている薬をよくよく調べて、ドクターには申し訳ないねんけど、自分なりの服用法を考えて試してみました。そしたら、今朝はバッチリやんか。どないなってんねん…てな感じでした。

まぁ、体調・体力・気力・食生活・結界師の御用の時間帯・休憩・睡眠・薬・・・などなど、いろんな条件がそろったっちゅうわけですやろなぁ。しかし、8月1日は、えらい目に遭いました。

その点、今日は調子よかったねぇ。朝から祭典のお供え物を整え、午前中はご祭事を奉仕し、午後からは出社(でやしろ=小教会)の先生方と打ち合わせ会議をし、ご祭事の後片づけをして、久しぶりに散髪にいってきました。散髪おわって、「カッコエエ~~、さっぱりしたわ!」と、自分で言うてたらあかんねんけど、一応、髪型も決まりました。

ほいで、今日の調子の良さをいろいろ考えましてん。上記の条件もさることながら、昨日は久しぶりにある教会の若先生と話ししたと言いましたやろ。それも、大きな原因やと思ってますねん。なんせ、親戚(いとこ)やし、過去5年間うちへ来てくれてはって、わてのことやうちの教会のことを一番よう知ってくれてはる人やからねぇ。いろいろと、他人には言えない悩み事や調子の悪い近況などを話したら、ええアドバイスをしてくれましてん。

人間はなぁ、やっぱり心にため込んだらあかんねんはき出さな…。結界師の業いうても、ほとんど聞き役やし、テレビ見てても観て聞いての一方通行ですやろ。聞き役の内容も、あんまり明るいものはおまへんねん。悩みや苦労、難儀な話が多いんです。もちろん、それを神さんに一心不乱に祈り、神さんのおこころや教えをお伝えするのが、結界師の本業だす。せやから、それに不足を言うてたら、結界師は失格や。せやけど、たまには自分のこころにため込んだもの、こころの背中に背負うた荷物をはき出さな、やっぱりしんどいですで

それでや、愛読してくれてはる方々も、それをよう自覚して、わてにメールくれはったら、すぐに返信できへんでも、その内容を神さんに祈って、必ず返事しますよってにねそれが、このブログのひとつの値打ちですがな。トップページに、メール送信っちゅうところがおますやろ。そこへ、どしどし悩み事や苦しい胸の内をはき出してくださいな。それを、わては待ってますよって。!(^^)!

はじめに申しましたけど、コリドラスひろ坊という名前ですけど、「コリドラス」とは熱帯魚のなまずの一種で、水槽の底にいつもいて、ぺこぺこ頭を下げてほかの熱帯魚のエサの食べ残しや「フン」をあさって生きてますねんで。つまり他人(ひと)さまがもういらんっちゅう吐きだしたものや余計なもの、それで生きているんでおます。ひろ坊は、わての本名だす。わても、つねに平身低頭、謙虚に頭を下げつつ、しっかり人様の余計なもの、いらんもの、そんな悩みや苦しみを拾い集めて、解決への道に導き、助けたいと思うてます。(まっ、その前に自分がくたばったらあかんけどね

どしどし、このブログを利用してくらはいまし。それでないと、コリドラスひろ坊は生きていかれへんねんからね。お互い、無理して無理せず、焦って焦らず、頑張らずにガンバッテいきまひょ。おきばりやす。ほな、今日はこれで失礼いたしまっせぇ。(^^)/~~~

2008年8月 2日 (土)

わびさびの世界へのご招待の巻

このブログのトップベージのデザインを7月末、和風の竹林に変更しましてん。はじめ、このブログを作った当初は、あんまり詳しく調べず、自分である程度「いい感じ!」と思うただけで簡単にスタートしましてんけど、設定する内容を見ていたら、いろいろできまんねんなぁ。それで、デザインやプロフィールなどを追加したしだいです。

和風の竹林にした理由が、プロフィールにある「新都山流尺八 准師範」でんねん

そもそも都山流尺八は、中学の頃に習い始めました。「えらい、年寄りくさいことを習うたんもんやな?」とお思いでしょうけど、もともと私の叔父が若い時から習うてはりましてな、それでわてが笛(尺八)の穴をふさげるようになったら教えたげるっちゅうて、小さい時から言われてましてん。それで、習いはじめたっちゅうわけでんねん。

初めの頃は、音の出し方から指の使い方、「さくらさくら」「荒城の月」なんかを習い、そしていよいよ本曲になって、「黒髪」っちゅうのがスタートでしてん。それからおなじみの「千鳥の曲」とか、お正月にテレビや商店街のBGMで流れる、あの「春の海」などなど教えてもらいました。手ほどきを受けて、初伝から中伝、奥伝、皆伝(かいでん=よく世間でも免許皆伝とかいいますやろ…)となり、その後は楽理というて、古曲の音楽の理論の勉強もしました。「いちこつ」「たんぎん」・・・それに古曲専用の「ロ」「ツ」「レ」「チ」「ハ」「ヒ」「ピ」などの音階を現代曲の五線譜の音階に変換する理論とかね、一応勉強しましてん。ほいで、准師範の免状を取得しました。

よく尺八は「ツーツーレロレロツーレーロ」とか「ピーヒャララ」とか言われますけど、なんといっても尺八の音色は、「わびさび」の世界です

尺八の世界には、大きく分けて、「都山流」と「古琴流」の二つの流派がおますけど、「古琴流」は、どちらかといえば、時代劇に出てくるあの籠を頭からかぶって独特の衣装で歩きながら吹く「虚無僧(こむそう)」に近い流派でしてな、都山流は古曲も現代曲も幅広くこなすタイプなんですわ。わびさびの世界っちゅうのは、自分のこころを落ち着かせてくれる独特の深みのあるもんですわ。

中学から習いはじめ、途中で中学校の先生も教えてくれはったり、高校時代はもっぱら独学で、岡山県(現)浅口市金光町の金光教本部の裏手にある木綿崎山で夜に吹いてましたでぇ。それから大学時代も、近くに林がたくさんあったんで、それも独学で練習してました。准師範の免許を取得する時には、別のお師匠さんに楽理を教えてもらい、ついに準師範までたどりつきました。竹号は「誠宏」。師匠が「誠山」でっさかいにね。

ところがや、それからが全然すすまへん。練習も怠り、毎日のように吹いておらんと音も出にくうなるもんですわ。せやから、今では資格は「准師範」ですけど、まったくあきまへんねん。ちなにみわての師匠は、ねばり強く続けてはりますよって、ついに新都山流の最頂点である「竹淋軒・大師範」であられます。たいしたもんや。

ただ、今でも尺八の独特の音色は大好きですねん。琴と尺八を合わせた曲もええけど、尺八だけの曲、特に古曲はなんともいえまへんなぁ。最高でっせ!ほんま。

そのうち再開して、生涯の趣味の一つにしたいと思うてます。

それでですなぁ、プロフィールに掲載している「香道」「茶道」、いずれも『わびさび』の世界を求める道ですねん。その道を極めることが、やがて精神的に独特のものを得られる奥深~い世界でんねん。そういえば「合気道(正式には「合氣道」と書きます)も、気の世界ですしね。つまり体力・腕力などだけと違うて、気」を中心にして技を習得する武道ですねん。まぁ、この「香道」「茶道」「合氣道」についても、機会あればカキコさせてもらいますよって、お楽しみにネ。

今の世の中、多事多難、時代変化の早さ、人の生活も多様化し、仕事もどんどん新しい分野が登場して、とにかく精神力を整えておかんと、生きていくのもしんどくて、あかんようになる世間でっしゃろ。こういう時こそ、宗教の時代、そしてわて、コリドラスひろ坊はわびさびの時代やと思うてます。いずれ、なんでわてが「お香」を匂う(香道では、匂うことを「きく」といいます)ことになったのか、茶道を習うことになったんか、ご紹介しますね。

あぁ~あ、それにしても体がだるくて仕方がおまへん。そやからこそ、信仰と精神力で乗り越えるしかおまへんがな。ほな、みなさま、お達者でぇ~~(^_^)/~

2008年7月28日 (月)

「しんどい日でおました」の巻

不思議なようで、不思議でない、それが実は当たり前やっちゅうことがおますなぁ。

逆に、当たり前のようで、それが当たり前と違うて不思議なこともおます

大きいことでは、なんで朝日は東からのぼって、西にしずむか?これはわかりまんなぁ。

朝のこない日はないし、夜のこない日もない。これもわかりまんなぁ。

食べたもんが、自分は口でかんで呑み込むだけ…、あとはウンときばるだけ。これは不思議で、その間に神さんがおなかの働きを整えてくれはって、自動的に消化・吸収・解毒してくれはって、血や肉や骨、ほんで生きるためのエネルギーに変えてくれはる。これなんかは、逆に当たり前に思うてますけど、実は不思議なことでっせ。おまけに神さんの目に見えへんおかげをもろうてるさかいや。それがおかしゅうなったら、病気っちゅうことになりますな。医学的にはね。しかし、それも神さんのお手当やしね。休養せえっちゅう、神さんのおぼしめしですなぁ。

人には、寿命がある。それはわかってても、それがいつやってくるのかは、昔の仙人でも今の占い師でもわかりまへんがな。知ってはるのは、神さんだけやがな。

わて、コリドラスひろ坊は、7月22日に静養先から退院してきました。しかし、今日で1週間目やねんけど、入院してる時のほうが、よっぽど元気やったですわ。退院してから、日増しにグッタリし、体力も気力も体調もあんまりようおまへんねん。困ったもんですな。夏ばてだけではおまへんわ。どうやら、いろいろなことが重なってのことのようでっせ。昨日の日曜日は、午前中に定例のご祭事を奉仕して、体調がよければ気分転換に金光教の「運動会&バーベキュー」にでも行こか、とさえ思うてましてんけど、昨日もそれどころやおまへんでした。

今朝、ある教会の先生がうちへお手伝いに来てくれはりましてん。お祈りの時間、わてもお広前(参拝席)ではじめは一緒に祈ってましてんけど、途中であまりにもしんどうなって、ついに途中で引き上げて、自室で横になってましてん。

お祈りの時間が終わって、そのことを報告すると、その先生は「それは、当たり前ですで、あちらでは規則正しく、そして余暇もあって自由もおましたやろ」と言いはりました。考えたら、いろんな治療やプログラム、夜の会合なども出席し、おまけに毎週3~4日は外泊してたとはいえ、三食与えてもろうて、おまけに日によっては昼寝つき。お風呂かて、ちゃんと2日にいっぺんは入らしてもらえるし、夏場は毎日シャワーを使えました。とにかく、起床から就寝まで、食事といい、プログラムといい、薬の管理といい、規則正しい生活やったんですわ。わて、実はイビキがでかいので、二人部屋やのに、最後までわて一人だけの個室でした。思えば、楽やったですわぁ。人間関係でも、けったいな人もいてはりましたけど、おおむね恵まれてましたしね。

ところが、自宅へ帰ってきてみたら、実生活として、いきなり苦手な炊事もせなあかん。裁縫なんて実際困ってますし、掃除や洗濯もして当たり前。まぁ、この二つはやってましてんけどね。

それに本業の結界師の御用ですやろ。一番つらいのは、バランスのええ食事ですわ。衣(洗濯や裁縫)・食(炊事)・住(掃除)が整ってこそ、生活が整い、生きるエネルギーが出てくるもんだす

以前に書き込んだかもしれませんが、山積した書類や郵便物、領収書の片づけ、事務処理・経理処理などなども、やっていかなあかん。もちろん、教会で一番大事な「御神米」の調整もあり、定例のご祭事や申請祭事、その他、庭の水やりから愛犬ラッピーのお世話と、ほんまに一日に時間が50時間あっても足りまへんなぁ。

それが、今日なんて昼からダウンして横になっている状態では、これから思いやられますわ。それをわて、一人でこなしていくのは、物理的に無理っちゅうもんやけど、甘えてばかりもできまへん。内臓の病気もちやから、バランスのよい食事、栄養とカロリーの管理っちゅう食事療法、運動療法。あぁ~あ、たいへんですわ。せやけど、こんなことでストレスはためてまへんでっさかい、ご心配なく!

そういう状態の中にあって、このブログにカキコすることって、わてにとって、意外と値打ちのあることの一つになっておりまんねん。別に、愚痴を並べてスッキリしようというような不埒(ふらち)な考えではおまへん。

つまりやねぇ、カキコすることによって、今の自分を見つめることができるし、それに自ら対処することを考え、そしてそれを実践していくことができ、さらにこのブログを自分でカキコして自分で見ることによって、自分自身に言い聞かせているっちゅう効果がおますねん。

せやから、誰が読んでくれてはるのか、どれくらい読んではるのか、そんなんわからんし、ほいで読んでもらうというそれだけを目的にしているわけではおませんねん。他のブログには、内容も豊かで値打ちのある、読みごたえのあるものも多いですけど、わてのブログは、正直な今の心境を日記に書いて、それを公開しているだけかもしれまへんなぁ。

「日記 → ダイアリー」 「ブログ → インターネットのウェブサイト上での個人的体験や日記。特定のトピックスなど」と訳しますけど、わてのは個人的体験談ばっかりや。それを正直に書き込んで、公開して、おまけに自分自身に言い聞かせているっちゅうわけでんなぁ。そんな個人的な体験にお付き合いしてもろうて、愛読してくれてはる人がいてはるっちゅうことが、ごっつうありがたいことですわ。あんまり値打ちのないブログやのにね。

まぁ、そんなこんなで、今日は一日、「寝て曜日」でした。すんません。

今日、お祈りの時間に朝早うから来てくれはって、終わってからわざわざ柿の葉ずしとお茶を届けてくれはったK教会のI・Y先生、わての今の状況をよう理解してくれはって、お世話になりましたこと、この場より厚く御礼申し上げさしてもらいまっさ。ありがとさんでございました。うれしゅうおました。ほんまに。

7月も、早いもんでまもなく月末を迎えますよって、皆さんもおきばりやす。無理せんとなぁ。次回は、ブログのトップページの「プロフィール」にある、つまり、わての趣味についてでも書きたいなぁ~と思うてますよって。

ほなまた、必ず (ΘдΘ)・・・

2008年7月26日 (土)

「猛暑 酷暑といえども…」

暑さも真っ盛りでんなぁ。毎年、「猛暑」とか「酷暑とか申してますがねぇ、今年もこのようすやと、「猛烈に暑い夏」 「残酷なほど暑い夏」ということになりそうでおます。

ちなみに、今日は岐阜県の多治見市で39度を越えたらしいでんなぁ。人間の体温より熱いやんか。

みなさま、夏バテにご注意を!!・・・といいつつ、わても食欲がおませんねん。まぁ、炊事が苦手やということもおますけど、やっぱり暑いと「食べたい!」という気がおこりまへんなぁ。水分だけは、ぎょーさん頂戴してますけどねぇ。一日に3リットルくらいの水かお茶を飲んでますねん。

明日は、教会で〈七月の感謝祭〉がおます。せやさかいに、神さんにお供えさしてもらうお野菜とか果物なんかを自転車で買い物に行ってきました。その途中に、郵便局の地元の本局へ行ってきましてんけど、まぁ、なんちゅうか、頭のてっぺんからカンカン照りの太陽が照りつけて、「これって熱中症?」と思うほど疲れました。Tシャツも、汗でビショビショでしたわ、ほんま。

せやけど、暑さに文句は言いませんでぇ。ご時候に対しての愚痴や不満は禁物や、と九州で修行中に教えられましたよってにね。うちの亡くなった「てて親(父親)」も、真夏や真冬になったら、そのことをよう教えてはりました。てて親かて、九州の大分県は日田教会の初代教会長・堀尾保治先生のもとで修行しはりましたよってに、このことはしっかりと、繰り返し繰り返し信者さんに教えてはりました。

夏は熱いのが当たり前、冬は寒いのが当たり前やとね。そうでないと、田んぼや畑でものも育たんし、しかしワンコ(←ウンコじゃおまへん)は汗を自分でようかかんさかいに、暑い時には汗がわりに舌を出して「ハァ~ハァ~」いうてますがな。人間は、汗をかかせてもらえるから、その水分が蒸発する(気化)力によって、体温をさげてもらうわけやからね。

お互い、「猛暑」 「酷暑といいつつも、この暑さに感謝さしてもらいまひょ

さぁ、明日は午前中に感謝祭を奉仕して、体調がよければお昼から奈良の香芝で行われる金光教の【運動会&バーベキュー】にでも、気分転換に行ってみようかなぁ~と思っている土曜日の夕方でした。

あっ、せやせや。そんなのんきなこと、ゆうてられへん。明日の感謝祭で神さんにお供えする用意やらお掃除やらありました。

さっ、週末とはいえ、もうちょっと頑張りまっせぇ~~。ほな、みなさんもお達者で~。

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